幹部社員の要件

 中小のトップは自ら会社を引っ張り、部下はその指示命令に従い、個々人
  の力を発揮する会社のパターンが見えます。しかし、このことにより売上
  利益を上げ、規模を大きくしていく成長期が長く続くことは、なくなりつ
  つあります。

 このとき、トップを支えていく幹部となる部長(課長)を育てていく仕組
  と自覚が求められます。そのための考え方、仕方などによって会社を伸ば
  していくのではないかと思います。

 この層が活性化していない会社は先が見えず、部下がほったらかしになっ
  て、いずれ頭打ちになるのです。しっかりした経験を持ちしかも、挑戦的
  仕事を担う層が幹部であり、会社はその良悪次第と云ってもよいのでしょ
  う。

 社長一人ですべてが見える規模でなくなってくる成長があって、それでは
  ある部門を誰に任せるかの切実な悩みを持つ社長に対し、中小規模企業
  幹部であるための要件を3つにまとめたコラムがありました。

 「頼りになる」「任せられる」幹部社員とは、次の3要件を満足させるこ
  とだと云っています。

   会社全体をみることができる
   自律的に動くことができる
   数字をみることができる

 これらを踏まえ、「トップの仕事への思いや考えを十分理解したうえで、
  実行に素早く取り組める」人材は、そんなにいないと云ってます。簡単で
  はないのです。中小のトップはそこが頼りない、任せられないとよけいに
  感じてしまうのです。

1.全体をみられない

 

  戦略、方針などはすべて社長が決めてしまいます。ところが、幹部はそ

   の価値観が解り、自社の経営状況、業界動向、市場環境などを把握して

   部下に具体的指示を出すことは、大変なことなのです。

 

  多くの幹部は日々の自分の仕事にあくせくして、全体をみることまでに

   行かないのが普通です。勿論、日常の仕事を遂行する中で、もう1つ上

   の何故このような成果が必要かを理解させていくかとが幹部に必要なの

   です。部下は時々それを求め、納得するのです。

 

2.自律的に動けない

 

  自分で考え、「こうすればよい」「これはよくない」と判断して動くこ

   とです。あれやれ、こうしろと指示されたことしかできない幹部が多い

   のです。

 

  全体をみて、自律的に動くことを両立する人はそれほどいないのですが、

   会社をうまく回していくには社員100人中2人位は欲しいものだと云

   っています。自律的に動くこととは、部下に自分の考えを示して動かし

   て成果を上げていくことなのです。

 

3.数字をみていく

 

  基本は「売上」「コスト」「利益」の3つです。利益を伸ばすには売上

   を上げるか、コストを下げるか、その両方をやることです。

 

  売上が落ち込んだ場合、市場のニーズが変わったのか、商品に魅力がな

   くなったのか、それとも営業力に問題があるのかなど原因を突きとめて

   いく改善策幹部には求められます。同業他社との数字の比較も基準にな

   ります。

 

  数字は戦略を立て、実行する際の土台として大切なのです。多面的な切

   り口で分解する習慣がよいのです。実際日常の行動になっていくと、数

   字を意識して部下を動かすリーダーシップが必要です。

 

  そのためにも、会社全体の戦略(全体をみる)、マネジメント力(自律

   的行動)そして数字(結果)がリーダーシップとして必要なのです。

 

4.トップの矛盾

 

  トップの権限は大きく、意志決定にもほとんど絡んでくると、オレのや

   り方に従うのが当然、オレの決めたことに逆らうなの気持ちが先行して

   しまいます。

 

  幹部が投げかけた提案を受け入れないが頻繁になると、幹部も”長いもの

   に巻かれろ”になっているのです。かといって、全体をみてほしい、自律

   的動いてほしいとトップが考えるのは、ウソではないのです。

 

  強すぎるトップのリーダーシップは少なからず「指示待ち社員」という

   典型的な病状、イメージが出てきます。経営環境がよいうちは、会社は

   きれいに回るでしょう。でも、顧客、競合相手、取引先等環境は変化

   てきています。

 

  そして、変化に対応できず落ち込んだ状況に置かれる前に、幹部が正し

   い方向に導くことがなくては、危機は乗り越えられないと云っています。

   3つの要件をトップになったつもりで考え、必要に応じてトップに意見

   や提案を投げかけ続けるべきであり、諦めないでほしいとも云っていま

   す。

 

  企業を支えていく中心は幹部層にあるのです。
   


精進料理

 質素な蔬菜(そさい)料理であった精進料理が、
  その内包する意味や作法の今日的意義
  どのように豊かでおいしく発展したか
  について専門家2人の講話があり、その簡潔な語りが分かりやすく記さ
  れていたものがありましたので、紹介します。

1.感謝の心

  精進料理はと共に発展してきたと云ってもよいと思います。
   禅の修行は座禅や経典の面だけでなく「食べること」「料理をするこ
   」「掃除」などの作務、すなわち日常生活全てが修行と云えます。

  昔、百丈禅師と呼ばれる禅僧が「一日働かざれば、一日食わず」と、
   作務をしなかった日は何も食べなかったと云われています。

  働かなかった日は、人の供養を受けてはいけないとの思想を表わすの
   です。

  料理は食べる人、作る人、育ててきた人も含めて、それぞれが相手の
   ことをおもんばかることであるそうです。

  いかに人や自然への想像力を働かすことが「修行」であり、そこに
   ”感謝の心”がなければならないと云っています。私にはとても難しい
   の感はありますが、まさに日本食の在り方を示しているのではないで
   しょうか。

2.精進料理の発展、価値

  平安時代、精進ものとは粗末な蔬菜(そさい)料理という意味でした。
   その後、蔬菜料理にコクを出す工夫として”油濃き茹でもの”である
   の使用が登場しており、「煮る」「茹でる」調理法が発達して云った
   そうです。

  すなわち、「焼く」主流から、鉄鍋の出現により煮物文化が生まれま
   した。

  平安末期は中国・宋との貿易が盛んになり、禅を通じて最新情報がい
   ろいろと入り、食にも大きな影響を与えました。その1つが「石臼
   (いしうす)です。

  それまでの主流「搗く」(つく)から、殻の堅い小麦粉を粉にしてい
   くことが出来、麺が生産されました。鎌倉時代は小麦文化が発達して
   大豆の文化も生まれ、豆腐や湯葉などもできて、精進料理を豊かにし
   ていったのです。

  江戸時代には精進専門の料理屋が登場しました。有名な黄檗山万福寺
   に伝わる中国の精進料理「普茶料理」が影響を与えたと云われていま
   す。皆でテーブルを囲む「卓袱台」(ちゃぶだい)がもたらされ、平
   等に楽しく食べる意識が生まれて、さらに多彩で開放的な精進料理へ
   と発展していったのです。

  精進料理の思想や理念となっている生き物の命をとらない、そして野
   菜なども本来の価値である「勿体」(もったい)を生かしきることが
   大切であると云っています。持続的な食生活を送るうえでのテーマと
   して示唆されたような気がします。

 和食が世界遺産になったことは、禅にあるように料理を作ることは重要
  な行であるという思想が料理人ばかりでなく食する人の心の向上に繋が
  れば、よりよい食文化として注目されるのではないでしょうか。

 精進料理は健康に良いと共に命をいただくという感謝の気持ちを持つ食
  文化と云えます。このことは、現代社会にあって大いなる可能性と肝要
  さを持つ食文化なのでしょう。

 精進料理の献立をみてもその美しさ、工夫などに感心します。そうはい
  っても、日本料理でも多く入り込んでいる肉類、魚類などがなく、頼り
  なさを感じます。

 新たな世界の日本料理が創作されていくうえで、精進料理の考え方や価
  を踏まえていれば、日本の食文化への多彩な貢献と新興になっていく
  ような気がします。


 
  


   



  

森林浴

 森林浴とは、1982年林野庁が森林の持つ保険休養機能のひとつとして
  森林環境の自然がおりなす風景や香り、音色の肌触りなど、森林生態
  系の生命や生命力などに対して、五感を通じて感じることによって、人
  々の心と身体の健康回復の維持・増進を図ることと定義しました。

 えらく長い、かしこまった定義であったが、これを基とするプログラム
  的な方法でなくても、都市型の皆さんがその気持ちの良さは感じており
  広まった言葉でした。

 今日、再び森林浴の言葉が多く聞かれるようになったが、良い方法や効
  果などもわからず、何度もハイキングなどで森林に触れることがなくな
  ったと云えます。

 そこで、その効果応用などの研究を含めまとめたエッセイがあったの
  で、簡単に紹介します。

1.森林浴の効果

  社会的ストレスが増してきたこと、そして超高齢化社会を迎えて人々
   の健康を維持、管理、増進していくかが大きな問題になっていること
   は確かです。

  健康回復の場としての森林に対し大いに期待が高まり、研究も進んで
   きました。

 ・ 例えば、一定のプログラムに基ずく科学的探究として、
   ・短時間の森林浴であっても血圧、脈拍、副交感神経の活動などの指
    標から、生理的なリラックス効果があった。
   ・泊りがけの森林浴によってナチュナル・キラー細胞の活性が高まる
    成果報告があった。
   ・森林浴の後には緊張感、不安感が低下して、気分の改善効果を示し
    た研究もあった。

  いずれにしても、心理的効果はかなりの程度明らかにされています。

2.森林浴の応用

  医者、研究者などが、森林浴を実践的に活用する試みが重ねられてい
   ます。主に「森林療法」といわれるものです。精神科の患者、障害者、
   そして健常者を含め森林内でのカウセリングやレクレーション、加え
   て軽作業や休養も組み合わせての報告例があります。

  一方、地域の医療費削減の手段として取り組んでいる自冶体がありま
   す。住民を対象にストレスのある人たちと一緒に森林を歩き、血圧改
   善などの健康づくりの報告もあるのです。

3.森林浴の体験

  森林浴は季節、当日の天気、時間帯などやはり効果の期待のためにも
   考慮する必要があります。また、ヒル、アブ、ヘビなどの危険生物も
   多く生息しているので、適度に管理された安全性も求められます。

  実は、あまり知られていないが、森林浴を楽しめる場所として、全国
   57カ所にそのセラピー基地と呼ばれる施設が整備されています。
   従って、本格的な体験が必要な人は、安心して楽しめる場所である基
   地の利用が適切です。

  宿泊型森林浴としては、長野県信濃町の“癒しの森”を勧めていました。
   自然の中で自分をみつめなおす、適切な生活リズムを取り戻す、いや
   しの場所を見つけるなどを目標にしており、企業の健保組合と連携し
   活用されています。

4.おわりに

  確かに、良い効果を求める本格的な体験は、安心して楽しめる場所で
   ある基地の利用が適切です。
   しかし、自然の森に興味があってもなかなか自由な時間が取れないな
   ど本格的な基地利用に入り込めない人も多いのではないでしょうか。

  実務的推進者は、イメージだけが先行することをきらう傾向にあるこ
   とはわかります。ただ、土日など時間が空いていれば家族と一緒に近
   くの大きな公園に行って、森林と触れ合うことはできます。

  それがリラックス効果に少しでも繋がれば、何度も行く回数となって
   いくのではないかと思います。

  森林浴のいやし効果が明らかになるにつれ、都市にも持ち込もうとす
   る試みが萌芽しつつあるそうです。ビルの回廊での音、におい、建材
   などによる効果を計っているそうです。









  

黒田官兵衛

 黒田官兵衛については、「天才軍師」「秀吉や家康も恐れた」「築城の
  名人」など様々な評価が今もあります。

 NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」が終了したので、改めて歴史家の講演
  からその知見を覗いてみました。

 1.軍師

   まず「軍師」という職業はありませんでした。秀吉の時代に前線と
    後方支援がやっと分化したくらいです。参謀、傭兵管理などの業務
    が成立したのは近代に入ってからです。

   江戸時代に侍が机上で軍事的知識習得する上での軍学があり、軍師
    が形成されたそうです。

   軍師として一番有名なのがNHK大河ドラマにもなった山本勘助
    (甲州流軍学)です。

   官兵衛の軍師像は吉川英治の「黒田如水」と司馬遼太郎の「播磨灘
    物語」の小説が、定着させる役割を果たしたのです。

 2.官兵衛の役割

   黒田家の出自は宇多源氏佐々木氏の流れを汲む説と播磨国黒田庄の
    説があるが、史実としての判断は困難です。

   御着を本拠地とする小寺氏に祖父が仕え、簡素な姫路出城を任され
    ました。官兵衛は1546年(天文15年)誕生しました。信長、秀吉
    は10〜12年年上。家康と同世代。石田三成、加藤清正よりも15歳
    位年上です。
    子供は2人の男子のみで、側室は生涯持たなかったようです。

   当時の播磨国は小豪族がひしめき、地元の勢力だけでは国の安定は
    難しく、そこで毛利氏に頼るか、新興の織田氏を頼るかの判断の必
    要性に迫られていたのです。

   商業にも通じていた官兵衛の父が諸情報から織田氏に付くべしの判
    断を下したのです。そして、官兵衛を使者として各地に派遣、説得
    したのです。信長には中国派兵を要請し、毛利攻略の秀吉軍に自ら
    の本拠地を提供しました。

 3.謀反と官兵衛

   天正6年(1578年)摂津国の荒木村重が信長に謀反をおこします。
    官兵衛は説諭に失敗して荒木氏の有岡城内に幽閉され、その消息が
    不明となります。

   村重に関与したうわさが流れて窮地に陥ります。しかし、黒田家家
    臣は織田家に忠誠を誓い、危機を逃れました。下剋上の時代、家臣
    のこの団結、結束は黒田家発展の礎になります。

   なお、毛利に寝返った本家の小寺氏や荒木氏の一族を庇護した美談
    も多くあります。

 4.西国平定

   官兵衛が毛利氏との交渉役として目立ちますが、蜂須賀小六と共に
    努めたのです。また、四国平定でも小六と行動を共にして、転戦し
    ました。

   九州平定は同盟国となった毛利氏を引き出し、秀吉の命令で動くよ
    うなことに貢献しました。

   秀吉は官兵衛を恐れて遠方(福岡県)の小大名(12万石)にしたと
    云われますが、これは間違いです。九州全体をにらみ、四国の蜂須
    賀氏と毛利を挟む要衡の地なのです。

   本能寺の変の翌年キリシタンになったようです。当時は神仏を破壊
    しようとする宣教師追放令が出たのですが、入信は容認されたと解
    釈されています。

   そして、1589年(天正17年)、43歳の官兵衛は家督を長男長政に
    譲りました。秀吉の側近として仕える道を選んだとも考えられてい
    ます。

 5.その後の官兵衛

   秀吉の北条攻めでの和平交渉役を務め、無血開城に貢献したと云われ
    ていますが、史料的ウラ付けはありません。既に名声があるので北条
    氏の面目のための儀礼的選出だろうと云っています。

   関東平定後、秀吉の奥羽平定に同行しなかったことは、軍師説を疑う
    有力な根拠だと云っています。

   築城の名手については西日本を中心に普請にかかわったとされていま
    すが、その史料的ウラ付けはありません。

   朝鮮出兵には、子の長政が参戦しています。ただ、文禄の役、慶長の
    役共、官兵衛は渡海したようです。

   秀吉の死後、混乱する情勢の中、関ヶ原合戦で長政は東軍に就きまし
    た。一方、官兵衛は九州の西軍の切り崩しに力を尽くします。

   一説には官兵衛が九州制圧後、天下を狙ったが、関ヶ原が一日で決し
    たためやむなく隠居生活を楽しんだとあります。大河ドラマもこれを
    採りました。しかし、これも史実とは考えられないと云っています。

   晩年の官兵衛は茶花道、和歌など文化的で穏やかな日々を過ごしてお
    り、1604年(慶長9年)京都伏見で亡くなりました。(享年59歳)

   私は竹中半兵衛の後をうけ、秀吉の天下取りとなる中国大返しまでく
    らいしか知りませんでしたが、戦国武将だけにいろんな活躍や逸話が
    残されていることが分かりました。
    
   


  
 

映画の歴史

 映画は我々の若い時代(昭和)の最大の娯楽と云ってよかったと思い
      ます。しかし、映画が斜陽となり、自然と足が遠のきました。
  ところが、シネコンプレックス(シネコン)の映画館が主流となり、
  いろんなジャンルの映画を見ることができるので、頻度は一挙に上が
  りました。

 映画監督の映画変遷のコラムがありましたので、自分の記憶を楽しむ
  意味もあって少し紹介します。

(1)映画誕生

  895年映画が誕生したと云われています。すなわち、映写機でスク
   リーンに映され、観客はチケット購入により鑑賞するスタイルです。

  フランス人のリュミエール兄弟が1分弱の「シネマトグラフ」と呼
   ばれる映画を数本作り、有料でみせたのです。エジソンも開発に着
   手していたが、映写機での成功までに至りませんでした。

  ハリウッドでの映画会社創業はパラマウントとユニバーサル(1912
   年)です。20世紀ホックスは大分遅れて1932年です。

(2)技術開発

  映画産業はアニメ、トーキー、カラーを目指して技術開発が進み、
   繁栄していきます。ただ、これらは創世記から試みられいたが、次
   々と実現しました。

  1927年ディズニーがアニメ制作を本格化しました。

  1927年トーキーは初の長編が実現しました。

  カラーは1935年初のテクニカラー映画ができました。

(3)TVに対抗

  アメリカは日本より10年早く1950年代からTVが普及し、映画館
   観客が減少し始めました。そこで、ハリウッドは巨大スクリーン
   次々と開発したのです。

  シネラマ

    1952年3台のカメラでパノラマ的に撮影、映写も3台使いま
     した。費用も掛かり可燃性フイルムのため、クライマックスだ
     けに止まり普及に至りませんでした。

  シネマスコープ

   ・ 20世紀ホックス開発の特殊レンズの横長スクリーンが一般化し、
     一挙に普及しました。

  ビスタビジョン

    パラマウントが対抗上横長サイズを調整できるものを開発した
     が、制作費用が大きすぎ普及しませんでした。

  70ミリ

    究極の巨大スクリーンが70ミリ(1950〜)です。これも映写
     機が専用となるため結局35ミリ版が併作されました。

    それでも、70ミリの「ベンハー」「ウエストサイド物語」「ア
     ラビアのロレンス」などの大作が誕生したのです。大作ものに
     合うため、広さに魅了されました。

  3D

    これもTVへの対抗策で、メガネを通して立体的見せるもので
     す。上映劇場に課題が多く、当初のものは短命に終わりました。

    その後、CG時代になると3D技術も改良され、ディズニーラ
     ンド等のアトラクションに活用されるようになりました。映画
     では「アバター」(2009)の大ヒットでその魅力が再認識され
     今に続いています。

(4)デジタル映画

  フィルム映画からデジタル映画へ

   ・ 21世紀の映画は娯楽の1つにすぎないのですが、1つの文化ジ
     ャンルを確立しています。このことは、技術面においても多く
     の挑戦があります。

    その大きな1つが、デジタル化です。フイルムでは成し遂げられ
     ない境地を開きつつあります。代表的な映画が「スター・ウォー
     ズ」です。

    1982年初めてCGを使った映画ができ、やがてフイルムで撮影
     しても、仕上げはデジタル処理するようになりました。

    その後、CGを駆使した「ターミネーター2」「ジュラシック
     パーク」が大ヒットして市民権を得るようになりました。そこに
     「アバター」のような3D映画のヒットはまさに21世紀が本格的
     なデジタル時代に突入したと云えるのです。

  何が変わったのか

    制作現場〜撮影直後にモニターで再生することができ、画面上の
     調整、削除などもパソコン操作で可能となり、特撮もCGに変わ
     りました。

    上映〜シネコンだと1つのサーバーに繋がっていて、その指示に
     よる数本の上映が自動化されます。上映技師も不用となり人件費
     が減少し、興業費用も大いに安くなったのです。

    デジタル化は画質、音質共劣化がなくなり、益々映画の表現力
     再現力も進化続けるだろうと云っています。

    大画面の中の映像の美しさ音響のリアルさ集中して鑑賞でき
     る映画の素晴らしさは決して衰えることがないように思います。


   
     

         

   
 

ドラッガーの時間管理

 ドラッガーと云えば「マネジメントの父」とも呼ばれ、ビジネスにお
  ける知的労働を創るという視点からの条件等を提唱しました。特に、
  日本のビジネスパーソンに大きな影響を与えた人物であることは、周
  知の通りです。

 「時間管理」は職種等にかかわらず、多くの識者からのスキルアップ
  提言があります。一度は参考にして考えたことがあるのではないでし
  ょうか。

 しかし、自分にフィットして、続けられたかというと、なかなか上手
  くいかなかったと思います。

 ドラッガーについては、ドラッガー学会がある位の研究に値する著書
  が多くあり、その学会理事が易しく解説している「時間管理」のコラ
  がありましたので紹介します。

1.ドラッガーの言葉

  成果を上げるには、自由に使える時間大きくまとめる必要がある。

  大きくまとまった時間が必要なことは、小さな時間が役に立たない
   ことを認識そなければならない。

2.「知的労働」における時間

  平凡な企画の数を競うのではない。重要なのは「効率」より「効果」
   であり、そのためにも時間という資源を最大限活用する「時間管理」
   が大事なのです。

  細切れ時間は大きな事をじっくり考えるのに向いていない。学会理
   事は、“まとまった時間をいくつ確保できるか、すなわちスケジュー
   ル帳埋めるのではない。いかに空欄を作るかがドラッガー流の時
   間管理であり、経験から2時間が必要。”と云っています。

  とはいえ、普通は日常の仕事に追われており、なかなかこの発想は
   でてこないものです。そこでの時間管理にも役立つ体感を持たない
   と、企画業務の時間管理が難しい気がします。

3.実践のための3ステップ

(1)記録する

  ”記憶はあてにならない”のです。リアルタイムに細かく、どんな活
   動にどれだけ時間を使っているかを記録するのです。

  まずは2週間を記録すると、自分のクセやムダが浮かび上がると云
   っています。そこから始めないと、時間が見えてきません。

(2)整理する

  確かに、企画、提案は今の状況がどうなっているのかが分からなけ
   れば、どう良くしていくのかが掴めません。その作業の中で、時間
   を空けていく整理が必要になります。

  活動の洗い直しのポイントは次のことと云われています。

    捨てる

    任せる

    見直す

  これはある程度現状業務に慣れてこないと、実際には難しいでしょ
   う。同僚等の何がやりたいのかといった賛同の空気が必要なのかも
   しれません。

  いずれにしても、記録から次のステップを踏み出すためには、何ら
   かの整理がなくては意味がありません。

(3)まとめる

  スケジュールを整理する中で、生じた空き時間を「カタマリ」とし
   て使えないかを考えます。

  この作業は“自分がやるべき大事な仕事とは何かを見直すことにつ
   ながり、意識する。”と学会理事は経験から云っています。

  時間の使い方の棚卸をして空き時間を作ることがクセになってしま
   えば、いろんな仕事への広がりができてくるのです。


 現実は日常の仕事が優先され、その方が楽にスムースに仕事ができ、
  毎日が過ぎていきます。ただ、改善や企画業務は一人というより、
  かと組んだりチームとして遂行することが多いと思います。

 そこでの経験が知的労働に対する時間管理が分かり、効率的に良い結
  果を出す一つになるでしょう。そうなると、大事な仕事が舞い込む
  会を増やします。

 そして、そこで時間管理が生きてきて、成果を出すと次の上昇ステッ
  になれば最高です。








 

クール・ジャパン

 NHKが「クール・ジャパン」をテーマにして、日本滞在外国人7〜8名
  との座談会方式でいろんな日本の物品やサービス、仕組み、考え方などを
  取り上げ、実践を踏まえて素晴らしさを紹介しています。

 大変面白く、よく観ていますが、案外“なるほど”で終わっています。クー
  ルジャパンに対し官民がどのように取り組み、政策がどのようになってい
  るのだろうという点が私に抜けていた気がします。

 ところが、行政にはクールジャパン関連の政策があり、経団連もジャパン
  ブランドの部会があるのです。

 経済産業省の担当者のコラムがありました。裾の広いムーブメントになり
  つつあると感じておられていたので、整理されているところをちょっと拾
  ってみました。日本食が世界文化遺産として実現したのもその1つかもし
  れません。

1.クールジャパン戦略

  コンテンツ、食、ファッションなど日本の魅力ある文化の国際展開を通
   じて、次のことを目的とする政策を云います。

(1)外交面 ーー 外国の若年層の親日派、知日派を獲得していくことを目的

  各国大使館を中心に対外文化宣伝を展開していたが、伝統文化芸術の紹
   介に重点を置いていました。

  このような政府広報がけでなく、民間企業によるエンターテイメント・
   コンテンツの海外流通を積極的、具体的に手伝っていきます。そのこと
   により、大衆文化の伝播力も取り込みができます。

  すなわち、日本のソフトパワー外交強化の要請が強まっているというこ
   とであり、軽視できない状況と云えます。

(2)経済面 ーー 日本ブランドの製品、サービスへの海外需要を喚起するこ
          とを目的とし、その取り組み段階を3つに分けています。

  ‖茖叡奮 ー 日本の魅力の効果的発信による日本ブームの創出

   大型補助金創設日本コンテンツ(アニメ、音楽番組など)や消費財
    (アパレル、飲料、家具など)に対し、プロモーション費用などの幅
    広い助成を通じて一気に加速させていきます。

   “そういえば、日本の情報をよく耳にするなぁ”と思う日が遠くないこ
    とを期待しているのです。

 ◆‖茖加奮 ー 現地で稼ぐためのロジスティックス・商業拠点の構築

   「クールジャパン推進機構」(H26.3月時385億円出資)〜
    資ファンドが設立された。例えば、現地放送枠を確保して、情報発信
    と物販展開を事業として可能になります。

   日本の衣食住のいろんなものを扱う店舗を展開するモール事業にまで
    もっていきます。

   そして、投資を通じて政府の海外ネットワークの活用、利害調整など
    クールジャパンの内外の人材拠点となることを期待しているのです。

  第3段階 ー 日本に呼び込み、日本で消費

   訪日観光促進施策〜既に観光政策としてクールジャパンを試みられて
    いることが多くあります。従って、この戦略と連携していくことが求
    められます。

   メディア情報は、国境を超えてグローバル化しているところです。そ
    うすると、「ヒト」が国境を超えて動く前に、身軽な日本の情報やモ
    ノを海外展開、継続していくことが、より「日本のよさ」を効果的に
    していくことになります。

2.課 題

(1)各省連携について

  クールジャパンは、政策面で各省連携とか国を挙げてといった上で活動
   しているかと云うと、必ずしもそうではないと云っています。

  それぞれの省庁にあって、従来より農産品輸出、文化芸術海外展開、観
   光立国、海外メディアへの露出度高めるなど既に個別に推進しているも
   のも多くあるのです。

  この中で、従来のヤキ直しではなく、国全体としてこの先をどうしたら
   よいのか、同じ方向に向いていくのだということを現場担当者に対して
   の利害調整等も必要と云っています。すなわち、政策の旗振り、リード
   としての力をより必要としているのでしょう。

  そして、役所の柔軟な対応が重要です。なぜなら、先行している企業の
   応援や国の事前の働きかけがないとグローバルな世界にあって、遅れた
   対応になりかねないと思います。

(2)リードタイム

  例えば、現地放送枠確保からコンテンツを発信して、連動した物販展開
   という「ジャパンチャンネル事業」のような大型事業があります。それ
   は、どうしてもリスクの高さや収益化までのリードタイムの長さから敬
   遠されがちです。

  しかし、投資効率が劣ったとしても国内市場の縮小が明らかな中で、
   外でのビジネス環境を整備し、意欲ある企業、個人が海外で活躍するた
   めの支援が必要です。その手段として、クールジャパンは良好に働く
   思います。

  クールジャパンは国民の賛同を得ているものです。フィードバックや適
   切な検証を以て長い目でみていくことも大切だと思います。



  

   


 

西郷隆盛の資質

 幕末維新期、西郷隆盛の活躍はいろんな小説やドラマ等でよく見聞して
  おり、その優れた資質と活躍は大方の納得のいくものです。

 西郷は佐久間象山勝海舟福沢諭吉らに心酔して、欧米文明を吸収
  しながらそこには恵まれた背景があるとはいえ、封建制度打破に尽力し
  ました。

 「西郷隆盛と明治維新」を出版された先生の講演がありました。少々興
  味があり、こんな捉え方もあるのかと思い、ひろってみました。

 ペリーの来航以来、海防はあまりにも貧弱で攘夷の断行がムリなのは明
  らかでした。そこで、開国が攘夷かの決断は見送りにして、どちらもにで
  も対応できるよう幕政改革がはじまりました。

 薩摩においても英国艦隊の砲撃を受け、丸くない砲弾技術に驚愕したと
  云われています。

 幕末政治の多くの重大局面に直面する度、政治構想を大きく飛躍させて
  いった指導者の1人が西郷なのです。この大変革期を生き抜いたのは
  長州藩にはほとんどおらず、薩摩藩でも数名です。

 この維新前後の西郷の10数年間を追うだけでも、今日本に求められてい
  る政治家等の資質がどのようなものかを考える参考になると云っています。

1.背 景

 薩摩藩主島津斉彬の使い番
   藩主が他藩主や幕府官僚との交流が豊かでした。下級武士の西郷が
    その江戸の地で使い番をして、取り立てられていました。

 幕政改革期
   世論が挙国一致、協力体制に向っている時であり、斉彬の名代として
    多くの藩との交流を得る機会をもちえたこと。

 家臣団の平等性
   格式の多い武士階級にあって薩摩藩は12階級と少なく、上位3階級は
    別格であるが、それ以下の藩士はほぼ平等であったことがプラスした。
    (言葉、応対、付き合い等から仲間意識強く、約束を守る。)

2.資 質

 識見

   次の藩主久光の幕政改革単独行動に苦言を呈し、流刑となります。取
    り立てられるようになった誠忠組(西郷は盟主的存在だが)にも、勤王
    を実現する具体的道筋や基本構想が描けていないと批判し、一大事な
    す時の勉強不足を指摘しています。

   藩軍指揮官として復帰しての交流から、勝海舟の器量の大きさ、実践
    にも優れた人物であると評価しています。また、佐久間象山の西洋文
    明思想を尊敬していました。そして、福沢諭吉の海防策に目の覚める
    思いがしたとあります。

   西郷は諸藩重臣との交流や諸国の事情、物事をよく知る中で、英雄肌
    合いの人物評価基準の1つにしたのではないかと云っています。

 義理堅さ

   動乱の時代では、義理堅さがなければ信用されません。それが西郷の
    人望につながったのでしょう。

   そして、廃藩置県という封建制度をなくす大改革を尊王倒幕の帰結
    して、自覚していたと云っています。そこに到達するまでの基盤は、人並
    み外れた粘着力にあるとも云っています。

 構想力

   西郷は公武合体と有力大名、有力家臣団の二重合従連衡を一貫して
    主張していました。しかし、それでは家臣団と実際に行政を担う政府の
    が発揮できないと考え、まさに武力倒幕に踏み切ったのです。

   常に現状を把握し、本来の変革のためへの構想を断行していったと思
    われます。

おわりに

 ・ 世の中の動きが激しく、グローバルな考え方、行動が益々必要と云われ
   ている現在、英雄肌のある人物、リーダーを待望する空気はあるように
   思います。

 ・ しかし、その人を育ててきた経験の積重ね、背景を十分知った上で評価
   しないと、その時々の空気に流されてしまうだけです。

 ・ いろんな仕組み、考えの高度化は物事の細分化を促し、分断化されて
   いきます。人々が立場の違いを超えて「志」の結合はなかなか難しいも
   のですね。


ドイツのエネルギーシフト

 近年、日本ではドイツエネルギー政策に関心のある人が少なくないよ
  うです。特に、3.11大震災以降に日本のエネルギー政策に対する論調
  が活発になり、その先進的対策をドイツに求めたのも納得がいきます。

 ドイツにおける政策の転換は、40年に及ぶ継続的なプロセスがもたらし
  た結果なのです。今、ドイツではこの政策の電気代コストが問題になってい
  ることも事実です。

 いずれにしても、ドイツがエネルギー政策先進国であることは、一般的に
  認識されており、これに関する寄稿文があったので、改めて頭の中を整理
  しておきたいと思いました。

 この件は多くの国家的課題を含んでいるが、経緯や事実を淡々と記してお
  り、視点も強い論調ではなかったので入り易かったことを思い出します。

(1)政策の経緯

 ヾ超意識の高まり

   1970年代ドイツは環境に対する意識が高まり、既にゴミの分別が行なわ
    れてきました。ダイオキシンを出さないために高温度での焼却が必要で
    すが、そこでのプラスチック類が不足するとして、分別の議論があったと
    聞いています。

   原発については、チェルノブイリ事故に対する汚染物質が周辺諸国の
    土壌にまで堆積しました。例えば、南ドイツの一部でイノシシやキノコが
    今でも食べられません。

   この事故をキッカケに反原発運動が高まり、2002年原子力からの撤退
    を定めた法律ができました。これにより、新エネルギーへのスムースな
    移行が可能になりました。

 稼働期間

   原発の稼働期間を限定しつつ、段階的なエネルギーシフトを行なうこと
    になり、その許容の新しい法律ができました。

   資金等の問題で直ちに原発停止といった変更はできません。そこで、古い
    8基の原子炉を停止しました。2022年までに全原発を停止する予定です。

   そして、2020年までに再生可能エネルギー発電の割合を35%に、2030
    年には40%に増やす計画です。勿論、エネルギー企業はこうした変更に反
    対でした。そうした中、再生エネルギー法(EEG)が制定され、企業に助成
    を支出して再生エネルギーをつくって利益が上がるようにしたのです。

(2)再生可能エネルギー

  ドイツの再生可能エネルギーの中心は、風力発電です。地熱となる温泉は
   少なく、太陽光、水力も多くは期待できません。ただ、風力といっても夏は弱
   く、電力供給は安定しません。蓄電技術の開発支援はコストの高いことが問
   題です。

  しかも、電力供給網が必要であり、地上は住民の反対があるので地下となる
   と、これもコストを高める1つの要因になっています。

  それでも現在、再生エネルギーは電力全体の25%まで増えています。
   は助成金(優遇制度)に支えられています。当然、国民生活の負担増
   なり、大きな問題になってきています。

(3)ドイツの戦略のポイント

 再生可能エネルギーの推進は環境政策のために必要であり、経済競争力
   の強化を目的とする。

 コストを考える。(原発は再生可能エネルギーを主体とするエネルギー供給
   ができるまでの暫定的技術、10年間は原発を使用せざるを得ない。)

 公平性を考える。

 節電する。(エネルギーは大切な資源であり、今の消費量を減らしていく。)

 環境に関する国際的な取り組みを推進する。

 柔軟に政策を実施する。国連もエネルギーの持続可能性を重視しており、推
   進には柔軟性が最も重要であり、新たな政策、法律を作る時にこのことを忘
   れてはならない。

(4)その他

  ヨーロッパは国々をカバーする送電網が存在しており、不足見通しがある場
   合は例えばドイツはフランスから輸入できます。季節変動に対応できるエネ
   ルギー取引市場があるのです。

  ドイツの発電事業の自由化は90年代からだんだんと広がってきました。電力
   は企業所有なので、その使用権限を誰が決めるのかが問題となり、結果
   となりました。

  自治体による発電事業は、特に中小規模の町ではその町の利益にもなって
   いるそうです。(日本でも地熱発電に取り組む町がメディアに出ています。)

  このドイツでさえ、代替エネルギーのコスト増は国民生活、経済活動等への
   影響が大きく、なお未成熟であるのが現状と云っています。


 
  
 

ASEAN

 過去の金融不安を乗り越えて、高度成長期とも云える復活したAS
  EAN(東南アジア諸国連合)が改めて注目されています。
  (現在、少々停滞気味ですが)

 勿論、急に成長したというわけではありません。また、従前より日本
  とのつながりは強く、いろんなメディアのニュース等でそのことを知
  ることも多々あります。

  * ASEAN   1867年タイ、インドネシア、マレーシア、フィリッ
             ピン、シンガポールの5ヵ国によって設立された経
             済、社会、安全保障等地域協力機構で、歴史ある
             国際的枠組
             その後、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、
             カンボジアが加盟

 さて、昨年このコラムで「インドネシアの市場」を取上げ、自動車産
  業の実態と今後の伸長について記しました。

 先般、インドネシアのみならずASEANの経済成長の中での課題
  日本との関係を特集した日経記事がありました。経済、社会等の感
  心が欧米中心なのは日常であり、比較してASEANがどうなってい
  るのかの注目は薄いのです。

 そこで、高成長への懸念が云われている事例をみてみました。
  ASEANにおいてエネルギー、食糧不足、人件費上昇、資金
  どの懸念が、成長を妨げると云っています。

 過去同じ課題に直面し、克服のノウハウを持つ日本に視線が注が
  れています。(いわゆる80年代の「ルックイースト政策」)

(1)省エネ、環境技術支援

  小さな工夫といえど、貿易収支の赤字を少しでもなくしていく日本
   のノウハウの有効性を吸収する活発な動きがあります。

 .ンボジア

   世界遺産アンコールワットを例に出しています。年間180万人
    の観光客が来るが、タクシーが溢れ、黒煙を出す三輪車があり、
    気汚染を見逃せない状況にあります。

   これに対し、消費電力7割を輸入に頼っているため、小電力の
    地産地消(太陽光、水力リサイクルなど)を根付かせる目標を
    持って日本の支援機構と取り組んでいこうとしています。

   島しょ部の多いASEANが、エネルギー確保を考えるうえでの
    象徴になる可能性を持っています。

 ▲献礇ルタ

   インドネシアのジャカルタでは、車の慢性的渋滞があります。こ
    の緩和に向け右左折レーン新設などを日本のコンサルタントが提
    案しています。

   行政等が手を付けない小工事で十分可能で効果の高い面が注目
    されています。

 シンガポール

   通勤ラッシュ解消に対し、日本の鉄道に目を向けています。エネ
    ルギー消費量の少ない効率的な都市交通運行の実現に、日本の
    組合わせる技術が力を発揮すると云われています。

(2)地方マネー

  先進国の国債などに偏重していた日本の信金などの地方マネー
   が規制緩和を受けて、ASEANの日系企業に貸し付けが始まってい
   ます。

  駐在員を置き、資金需要を探っているのです。信金などの貸付残高
   の割合を引き上げると相当な融資余力が湧きでます。

  国内で縮小した融資資金が東南アジアに向けしかも、投機的でない
   長期資金成長の元手の1つになってくるのです。

(3)食糧への対応

  新興国の成長は、食糧の良質化など先進国の食糧事情に近づい
   ていくと云われています。中国の大都市圏がまさにそうであり、多く
   の食材品が輸入に転じた経緯にあります。

  鶏肉であれば大豆カスの調達が欠かせないので、タイは現地企業
   が日本の商社などと組んで調達先を広げ、安定的供給に努めてい
   ます。

  主食のコメについても川上の生産技術から貯蔵庫といった保管方
   物流の一工夫をすると不足分を相当緩和出来ると云われてい
   ます。コメ輸入国となった国への技術、指導の工夫を伝えてきている
   のです。

  内需拡大が続くASEANが恐れるのは、食糧インフレです。これが
   成長を止め、政情不安に結びつくからです。

(4)安心社会へ

  フィリピンでは日本の保険会社と協議して、効率的な小口保険を生
   み出しています。保険そのものへの理解がまだまだといわれている
   が、「安心」が今後の成長を占うキーワードになると云っています。

  急成長により、消費主導の経済への移行が求められます。それに
   は安心して消費出来る社会の仕組みがなければなりません。

  将来への不安に貯蓄率ASEAN3〜4割(日本2割)と云われて
   います。民間での保険の出番がそこにあり、適正な仕組みを広めて
   います。

  高齢化も例外に扱えず、介護の問題が浮上してきています。タイ
   JICAに協力を求め、日本式介護センターを立ち上げました。シンガ
   ポールは中間層に手が届く高齢者用住宅の普及を日本企業が始め
   ています。ミャンマーでは日本製の救急車、医療機器を備える計画
   があります。


 日本はこのような環境、高齢化、人件費等の問題に対する努力を続
  けており、安心社会への試行錯誤を繰り返しています。この経験は
  ASEANの諸問題に少しでも役立つのかを見つめ直し、その価値
  あれば手助けすることに何ら躊躇することはないと思います。

 ASEANの成長回復は来年以降との見通しがあるそうですが、今で
  も決して低い伸長ではないのです。日本は先進各国との競争が激しく
  なる中で、大きな景気浮揚案件だけでなく、良くしていく工夫や仕組
  作り支援は大いに必要なのです。

 これからも、知恵を出して今まで以上に積極的に進めることによって、
  国民から感謝されるような案件を広めていってほしいと願うばかり
  です。  










      
             



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